院長 西山幸江(生殖医療専門医・臨床遺伝専門医)
名誉院長 西山幸男(生殖医療専門医)

NEW INFOMATION OF INFERTILITY

クリニック便り

2015年秋号

テーマ 鍼灸(しんきゅう)治療について

はじめに

現在、日本の不妊治療施設は世界に類を見ないほどの数となっております。また、遺伝子解析の技術が進み、受精卵の着床前診断が実施されるようになってきました。
当院は、昭和59年の開業以来今日まで、体外受精・顕微授精・凍結融解胚移植などの高度生殖医療をはじめとして、不妊治療に多くの実績をあげてまいりました。本年よりはさらなる充実を求めて、従来の不妊治療に加えて、不育症の治療および遺伝外来などにも力を入れてまいります。
今号では、生殖補助医療の新しい一面を理解いただくために、不育症と受精卵の着床前診断についてお話をさせていただきます。

不育症について
流産を繰り返す場合を不育症といいます

流産を3回以上繰り返す習慣流産を不育症といいます。妊娠はできるので、厳密には不妊症ではありませんが、赤ちゃんを望みながら流産によって赤ちゃんを得ることができないため、不育症は広い意味の不妊症に含まれています。
流産の大半は受精卵の染色体異常が原因で、夫婦のどちらにも問題がなくて起こるケースが大部分です。いわば、生物学的な自然淘汰の現象といえますが、流産率は女性の年齢が高くなるにともなって高くなり、40歳以上での妊娠では約25%に起こるといわれ、その主な原因にも受精卵の染色体異常がかかわっていると考えられています。

夫婦のどちらかが染色体異常の保因者である場合があります

不育症の主な原因には内分泌異常(黄体機能不全、甲状腺機能異常、糖尿病)、 子宮形態異常(子宮奇形・子宮筋腫)、免疫学的異常(自己免疫疾患)などがあります。また、ときには夫婦のどちらかがもつ染色体異常が原因となっている場合があります。ある調査では、2回流産を繰り返した夫婦の約5%は夫婦のどちらかに染色体異常があるとしています。
染色体は両親から半数ずつをもらい受けますが、数や形、構造に異常が起こることがあり、保因者といって、表面に出ない隠れた染色体異常を持つ人は大勢います。大部分の人は健康上の問題はなく、保因者であることを知らないまま生活をしています。ただし、夫婦のどちらかが保因者の場合、受精=妊娠の際にその不都合が表れて、受精卵に異常が起こり、反復流産の原因になることがあります。
なお、染色体異常はダウン症候群などの数の異常と、転座や部分欠失のような構造異常に分けられ、反復流産の原因となるのは相互転座、ロバートソン型転座など、構造異常があるケースです。

染色体異常については遺伝外来でご相談ください

不育症の原因は非常に多岐にわたるため、検査もまた広範囲になります。
従来、不育症の検査内容については、医療機関によって異なる問題点が指摘されてきましたが、現在では、「日本産科婦人科学会:生殖内分泌委員会報告: 2004年」に基づいています。
当院においても、不育症が疑われる方の場合には、原則として同様の検査を実施しています。そのうえで、夫婦のどちらかが保因者であると考えられ、相談を希望される場合には、遺伝外来にて対応させていただきます。

受精卵の着床前診断について
着床前診断とは

受精卵の着床前診断とは、体外受精や顕微授精により得られた受精卵から細胞を取り出して、子宮に戻す前に細胞の遺伝子情報を調べることをいいます。たとえば、不育症の場合には、着床前診断で染色体に構造異常がない受精卵を胚移植することで、流産を防ぎ、赤ちゃんを得ることが可能になりました。

着床前診断の対象は広がりつつあります
はじめに

不妊治療は西洋医学に基づく治療が基本となりますが、合わせて、鍼灸治療や漢方薬療法などの東洋医学、あるいはアロマセラピーなどの代替療法が、心身の安定や健康維持、妊娠しやすい体作りにつながる場合もみられます。
当院では、医学的な不妊治療に加えて、患者様の心身のリラクゼーションを重視し、より総合的で集合的な不妊治療を目指しています。そのひとつとして、ご希望の患者様に鍼灸治療を提供しております。
今号では、東洋医学の治療法の1領域である鍼灸治療について、簡潔にご説明させていただきます。

鍼灸治療とはどんな治療法でしょう
鍼灸治療は伝統的な東洋医学のひとつです

世界には地域ごとに長く伝承されてきた伝統医学があります。中国で生まれた中医学(東洋医学)は、インドに発祥したアーユルヴェーダなどとともに、数千年の歴史をもつ伝統医学のひとつですが、なかでも最も理論的体系が整った医学といわれています。
日本における東洋医学には、鍼灸・漢方薬・按摩(あんま/指圧・マッサージ)などの治療技術があり、鍼灸は中国から日本に伝わり(6世紀ごろといわれています)、日本人に合った鍼灸技術が発展しました。

鍼灸治療には鍼(ハリ)と灸(きゅう)があります

鍼灸の鍼(しん)は、いわゆるツボにハリを打つことをいいます。灸(きゅう)はヨモギの葉を乾燥させた艾(もぐさ)をツボに当てて、温熱刺激を与えることをいいます。

鍼灸治療ではツボ(経穴/けいけつ)に刺激を与えます

ツボは経穴(けいけつ)のことです。
「気の流れ」という言葉を聞いたことがあるかと思いますが、気(き)は、大気や食物から得られる生命エネルギーのことです。
東洋医学では、私達の体を構成するさまざまな内臓や器官が相互に関連し合う「気の流れ」があり、これを経絡(けいらく)といいます。そしてツボは経絡への入り口です。これは「経絡経穴理論」と言って「臓腑理論」「陰陽理論」「気・血・水理論」などと並んで、中医学の基礎理論のひとつです。
理論体系は非常に複雑なので詳細な説明は控えますが、あるツボを刺激することで、このツボにつながる体の部位の症状が軽減されると理解してください。

国家資格をもつ鍼灸師が治療を行います

鍼灸治療では体の構造や臓器それぞれの働きを熟知した上で、患者様の体質や症状に応じたツボを探り当て、正確にハリを打ったり、お灸をしないといけません。
日本の場合、鍼灸治療を行えるのは、専門の学校で学んだあと、国家試験を通って資格を得た鍼灸師です。ちなみに鍼と灸、それぞれに試験があり、鍼灸師は鍼師と灸師、両方の資格をもっています。

不妊治療を補完する鍼灸治療について
鍼灸治療の効果はWHOも認めています

鍼灸治療の効果については、最近は科学的な分析による研究が進み、WHO(世界保健機関)もその治療効果を認めています。婦人科の領域では、月経痛、月経不順、冷え症をはじめ、不妊症への効果が挙げられています。

不妊症の方に多い冷え症を軽減します

不妊症の方に目立つのが冷え症です。手足だけでなく、手で触ると冷たく感じるぐらいにおなかが冷えている方もおられます。胃腸が冷えると食物が十分に消化・吸収されない心配があります。下腹部の冷えは基礎体温が低いことを示し、月経不順やホルモンバランスの乱れが考えられます。
たとえば、三陰交(さんいんこう)というツボがあります。位置は内側のくるぶしの上のほうです。ここは「婦人の三里」とも呼ばれていて、ハリを打つ、お灸をすることで、月経痛や冷え症などが軽減されることがわかっています。

瘀血(おけつ)症状の軽減が期待できます

中医学では、気と合わせて、血(けつ/血液と血液で運ばれる栄養分や酸素のこと)、水(すい/血液以外の水分のことで、老廃物を体外に排泄する働きをします)のバランスが重要と考えます。とくに気血の不足は生殖機能の低下につながるといわれ、女性の場合、瘀血といって血液の流れが滞ると、月経痛や月経不順、子宮筋腫、卵巣嚢腫などのトラブルが起こりやすいといわれています。
鍼灸治療は従来、瘀血の解消に有効とされており、代表的なツボには、太衝(たいしょう)、膈兪(かくゆ)、血海(けっかい)、三陰交(さんいんこう)などがあります。

自律神経の失調症状の軽減が期待できます

鍼灸治療は身体症状のほかに、自律神経の失調症状や、精神的なイライラ、不眠症などにも有効と言われています。ホルモン分泌のコントロールセンターは脳にあり、その隣には、心身のストレスを感受するセンサーがあります。精神的なストレスが月経不順の大きな原因になることはよく知られています。鍼灸治療はこれらの神経系の症状にも有効といわれています。

当院での具体的な施術の方法
施術の前には必ずカウンセリングを受けていただきます

体質のほか、日ごろの体調や自覚症状のあるトラブルなどについて、質問をさせていただきます。そのうえで鍼灸治療の基本にのっとり、触診、脈診、聴診などをさせていただいたあとで、施術を行います。
なお、鍼灸治療をご希望の方には、必ず担当医の許可を受けていただきます。施術の可否や時期は月経周期や治療内容によります。留意事項について、担当医の指示を受けながら行います。

鍼では痛みのない細いハリを使います

通常使われるのは非常に細いステンレス製のハリです。ハリは痛くないかと心配する方もおられますが、直径1㎜にも満たない細いハリ(主に0.12㎜~0.2㎜のハリを使用します)を、補助器具を使って刺入しますので、痛みはありません。また、使い捨てのハリを使用していますので感染症などの心配もありません。初めての方も安心して受けられるのではないでしょうか。

灸の多くは皮膚に直接おかない間接灸です

お灸は熱いのではないかと心配される方もいます。お灸には皮膚に直接もぐさを置く直接灸と、間に緩衝物を置く間接灸があります。最近はほとんどが間接灸で、当院の場合も間接灸です。ほどよい温かさを感じる程度ですし、皮膚にお灸のあとが残る心配もありません。

当院「鍼灸アロマセラピートリートメント」について
  • 当院「鍼灸アロマセラピートリートメント」は、あくまでもご希望の患者様を対象としています。
    ご不明の点、疑問などがありましたら遠慮なく、お問い合わせください。
  • 原則として、鍼灸とアロマセラピーを組み合わせた施術(トリートメント)を行っていますが、患者様のご希望により、アロマセラピーのみ、鍼灸のみなどのご希望にも添うよう努力しております。
    お申し込みの際にご相談ください。
次号のご案内
   

10月3日(土)、4日(日)の両日、日本不妊カウンセリング学会養成講座が開催され、参加いたしました。
荒木重雄国際医療技術研究所理事長による「生殖医療に関わる染色体と遺伝子の話-その2」をはじめ、有用なお話を数多く聞くことができました。なかでも、男性不妊を専門とする白石晃司先生(山口大学医学部泌尿器科講師)のお話は、とても興味深く拝聴いたしました。
早速に次号にて精索静脈瘤と酸化ストレスを中心に【男性不妊】についてお話ししたいと考えております。
不妊カウンセラー 西山純江

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